ドリフターズ・サマースクール 2013 成果発表の様子
約2ヶ月間のワークショップや制作期間を経てついにたどり着いた、ドリフターズ・サマースクール2013成果発表『ココ』。(どのような授業が行われたかは、こちらの記事をお読みください→http://drifters-intl.org/magazine/report/1560)
公演会場も自分たちの手で探した今回のサマースクール生たち。何度も横浜にロケハンし、あらゆる可能性を探ったそう。
最終的に選んだのは、関内にある2つの並んだ建物「泰生ビル」と「新井ビル」。
劇場やスタジオといった、公演用に整えられた環境ではなく、この場所を選んだ理由はなんだったのだろう。
「サマースクールのTAを務められた伊藤孝仁さんがリフォームに関わっていた関係で、受講生とTAによる何度目かのロケハンの際、泰生ビル内を見学させていただき、屋上も見せていただいたんです。
受講生がこの屋上から向かいのビル(新井ビル)を眺め、隣り合った2つのビルの絶妙な高低差と距離によって、泰正ビルの屋上から見下ろすことで、新井ビルの屋上がステージのように見える位置関係に心を打たれたことが、このビルが会場候補となったきっかけです。
他にも候補地は伊勢佐木町の商店街など、魅力的な場所が色々とあったのですが、最終的にはこの2つのビルの関係性を作品に活かしたいという思いから泰生ビル・新井ビルでの開催が決定しました」(受講生、春田知子さん)
では、実際に、公演の内容はどのようなものだったのだろうか。
まず、泰生ビル内にある、シェアオフィス、さくらWORKS<関内>2Fの会議室に集められた参加者たちは、あみだくじを引く。そこには、参加者のそれぞれがこれから体験することになる物語の「指示」が書かれている。この指示に従い、参加者たちは泰生ビルの内部を移動していく。
今回用意された物語は、全てで19個。物語の一覧は以下のとおり。
No. タイトル
1 学生手帳
2 ズック
3 エロ本
4 鉛筆削り
5 チョーク
6 黒板消し
7 いきものがかり
8 給食
9 絵の具
10 リコーダー
11 体操服
12 時間割
13 ジャージ
14 ねんど
15 教科書
16 掃除用具
17 桜
18 観察日記
19 ゴミ箱
例えば、№1の「学生手帳」のくじを引いた人は、手帳に書かれているアイテム(つけほくろ、つけ前髪、伊達メガネ、タスキなど)をビル内で探し集め、身につけるように指示される。
それぞれの物語は、最終的に来場者を泰生ビルの屋上へと誘うように構成されていたが、物語によって、屋上につくまでにかかる時間が違う。「学生手帳」の人は1番のりとなり、「その優等生的な行動と、その過程での変身により、学級委員(クラスの優等生)の役割となる」(担当の宮崎里美さん)ように仕掛けられていた。
「今回、泰生ビル内の3つの部屋をお借りして、物語の演出空間として利用したのですが、そこでは複数の物語が同時並行しています。来場者は、当然ながら自分の担当しているストーリー以外に、どのようなストーリーがあるのか知りません。いくつかの物語では、意図的に他の物語と関連性が生まれるような指示を与えていたのですが、それ以外の方々は同じ空間からスタートし、同じ作品を体験しているはずなのに、全く異なる作業をしている。ほかの人は何をしていて何が起こっているのか、多くの方に興味を持って頂けたようです。
実は今回私たち受講生も、もちろんそれぞれの物語の概要は知っていますが、実際にすべての物語を経験した人は1人もいないんです。それぞれの空間でどのようなことが起こっていたのか、またそれぞれどの物語の、どんな瞬間でそこにいるのか、実際に体験して、その瞬間の思いや状況を完全に把握していた人は誰1人いないんですね。だからむしろ、互いのストーリーがどのように絡み合っていたのか、その時来場者はどんな気分だったのか、私たちもとても興味がありました」(春田さん)
屋上にたどり着いた参加者は指定の席に座り、全員がそろうと、そこに「学校」が現れる。
ビルの中をめぐりながら手に入れたアイテムや役割は「教室」の一部であったこと、
そして他の参加者はどんなものを手に入れてきたのか、そこではじめて知ることになる。
今回の監修である篠田千明さんが、先生役として壇上に上がっている。そして、フィナーレに突入。ここでは、参加者たちの「入学式」が開催された。リコーダーの伴奏に合わせ校歌を歌い、参加者たちの点呼。しかし、これは決して、通常の社会で行う「何かに所属するための」入学式ではない。
「作品内での「学校」とは、「意識の移動」を「入学」という言葉で表現するための舞台なのです。
「ココ」における「入学」は、「組織の一員となる」「教えてもらう立場になる」といった、通常の意味での入学を意味しません。 「ココ」での「入学」とは、それまでの価値観が変わり、新たな考えを自らに取り入れることを意味します。これまでの価値観からの「卒業」とも言えますが、「移動」に関する新しい視点を知ることで、これまでの自分からも「移動」するのです。
それぞれの物語に指示されて辿り着いた屋上までが、これまでの価値観に基づく自分。指示書に規定されて移動し、部屋番号や階数表示によって自分の現在地を把握しています。
一方、屋上での点呼に応える、つまり街に対して「I’m here」と主張することは、来場者に自らを「定点」として移動を感じさせる感覚を生みだします。「どこにいる自分」ではなく、「自分はココにいる」と認識できるようになるのです」(春田さん)
この入学式が終わると、来場者たちは、進行役に促され、となりの新井ビルの屋上を見るように指示される。そこでは、エンドロールとして受講生たちが「I’m here!」と書かれた旗を持ち、駆け回る。これは、泰生ビル内での移動によって、新たな視点を得た来場者と同じように、サマースクールを通じて新たな視点を得た受講生たちのダイレクトな主張であり、集大成の形なのだ。
「スタート地点に掲示していた「You are here」が指す「here(ココ)」は、来場者が会場に来るまで見ていた地図や、「さくらワークス」という場所の名前など他の何かに規定された場所なわけですが、屋上で受講生が掲げた旗に描かれた「I’m here!」の「here(ココ)」は、むしろ「移動」を表しているのです。
「定点」である自分自身が移動していることを空や、街や、建物や、あるいは参加者に向かって主張しながら動いていたからこそ、あの場では私たち自身がまさに、「移動」していたわけです。(春田さん)
この2ヶ月間の制作と、成果発表を受講生たちはどのように振り返るのだろうか。
「今回の作品テーマである「移動」をこのような「参加型展示」として実現するまでには、受講生の幾多の試行錯誤がありました。一向に方向性が定まらず時間ばかりが過ぎていく中で募った焦りと不安は、今思い出しても本当につらいものです。それぞれが共同制作に期待を持って参加したものの、なかなか意思疎通ができず、ミーティングも常に重苦しい空気が漂っていました。しかし今になって思えば、講師の方々の本当に丁寧でとても力強いサポートをいただきながら、諦めずに挑戦を続けてその壁を乗り越えられたからこそ、結果として本当に納得できる作品づくりができたのだと思います。
私たちが作品に込めた意味やお客様に持ち帰っていただきたかった感覚が、実際どの程度理解していただけたのかは定かではありませんが、自分ができる全力を出し尽くして取り組んだ「ココ」は、私たちにとってとても思い出深く、忘れがたい作品になりました。
サマースクールが終了して、早くも2ヶ月が経とうとしています。受講生は卒論、展示、課題、学祭、公演、仕事など、それぞれの日常に戻り、挑戦を続けています。心には常に「I’m here!」の合言葉。どこにいても、何をしていても、私たちは「ココ」にいます。あの屋上でなびかせた旗は、今もなおそれぞれの胸の中で風に揺れているのです」(春田さん)
writer profile
1992年生まれ 後楽園⇔神楽坂他 ドリフターズ・マガジン編集長