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編集長の読書日記 其の二

読んだ感想や印象をつらつらとご紹介します。人文書やアート関係の本が多いです。少しでも皆さんと本の出会いにつながれば嬉しいです。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月某日

巷で噂の『スタッキング可能』(松田青子著、河出書房新社)読了。

 

社会の中で「○○である」(○○には男だとか、女という単語が入る)ことから押し付けられる不条理や不満がたくさん出てくる。

男性社員から可愛らしい女性と思われている本人のあまり可愛くない本音や、家庭事情のために夢を捨てて就職をした男性の思い・・・etc

ひとつひとつの不満は埃のように小さいのに、積もり積もって、皿にべっとりと付いた大きな汚れのようなものになってしまっている。その苦さが、読んでいくと読者の頭の中にも充満していく。強烈な力をもっている。いやだなぁと思いつつも、スピード感があって、あれよあれよという間に、ページを捲ってしまうのだ。

 

そうこうしているうちに、私かもしれないし、あなたかもしれない登場人物たちは、会社の中でどんどん積み重ねられていく。

 

○          ○          ○          ○          ○          ○

 

3月某日

 

『動物のぞき』(幸田文著、新潮社)読了。

普段は飼育員しか入れない動物たちの檻や小屋。そこから見える動物たちの姿が描かれている。

アラビア語で「早く歩くもの」という意味の名前を持にもかかわらず、動物園では狭い空間にいることをしかできないキリンのこと。どんな動物も、本質的には臆病で、犬・猫のように人に絶対的になつくことはないということ・・・。

 

案内をしてくれる飼育員に対する著者の視線がとても魅力的だ。

言葉の通じない動物たちを献身的に世話する人々。

著者は、飼育係たちが動物たちについて語る際、「と思う」、「らしい」などの言葉を多用することに気づく。決して断定ではない。彼らはまだはっきりとわかってないことと、経験から断定できることなどを、明確に区別しているのだ。そして、そんな言葉遣いが研究者と同じだ、と著者は感じる。わからないことに謙虚であり、探求を続けるという姿勢が、おのずとそういった言葉選びを生み出すのだろうと。

 

1章ずつ、取り上げられる動物の写真も掲載されているのだが、こちらも素晴らしい。色や形がくっきりとしていて、生命力に溢れていて、熊だったらいかにも熊、ワニだったらこれ以上ないほどワニらしい。しかし、どこか寂しい。このモノクロ写真たちのせいだろうか。曇った寒い冬空の動物園の空気が、本の全体から感じられる。

 

○          ○          ○          ○          ○          ○

 

3月某日

 

『すべて真夜中の恋人たち』(川上未映子著、講談社)読了。

読み終わったあと、心に形があるとしたら13面体だか24面体だかになってしまい、それをどう取り扱えば良いかわからなくなった。それだけ物語の力に翻弄された。

 

 

主な登場人物は、淡々とした人生を送ってきたフリーの校正者、入江冬子。彼女の取引先である出版社に務める校正者、聖。そして、冬子が新宿のカルチャーセンターで出会った三束の3人。

押しの強い聖は、積極的に冬子を食事などにさそってくれる唯一の同性の友人。

高校の物理教師だという三束とは、週に1度、喫茶店で物理についてぽつぽつと話をする。(しかも冬子は、緊張しないように喫茶店に行くまでに大量のアルコールを摂取するのだ)

そうしているうちに、冬子は三束に恋をしている自分に気づいていく。

押し付けられる友情と、行き場のない恋愛感情。自分は何を・誰を選択し、何の・誰の選択肢になっているのか?

 

印象に残っている場面がある。

 

冬子と、その高校生時代の友人が、十何年ぶりかに会うシーン。友人の夫は浮気をしており、友人自身も、同じような行動をとっているらしい。今まで誰にも話したことがないというその事実を冬子に告げたあと、友人がいうのだ。

 

「なんで入江くんにこんな話ができたかっていうとね」典子は言った。

「それは、入江くんがもうわたしの人生の登場人物じゃないからなんだよ」

典子はわたしの顔をみて、にっこりと笑った。

 

優しくて、恐ろしいせりふだ。ビリっと電流が体を走る・・・。

 

○          ○          ○          ○          ○          ○

 

3月某日 

 

先週は一冊も本を読まなかった。(時折、そういった事態もある)

しかし、当然、口が寂しい時があるように目が寂しくなる。そういう時は、渡辺ペコの漫画を繰り返し読むのだ。

 

こういうところをじっと見つめる。

初めて手にとった中学生のころは、大人のゆる~い生活描写に憧れめいたものを感じ取っていたが、今は「あ、この気まずさ」「うん、この心地よさ」と共感する部分が増えた気がする。こういう過去の自分との再会も、物語がもつ良い側面だと思う。

そんな「物語」に魅せられた人々が集った東京国際文芸フェスティバル(3/1~3/3)にも行ってまいりましたよ。

 

 

 

「作家や編集者に直接会ってみたい」という思いは、「本が好き」という気持ちとはかけ離れた野次馬根性かもしれない。それでも、集まる場所が構築されていくのは心強いことだと思う。あんなに沢山の人が「文芸」という言葉のもと集まるのだから、これからもせっせと読まなければ俄然やる気を出し、ひとまず『スタッキング可能』(松田青子著、河出書房新社)『タラチネ・ドリーム・マイン』(雪舟えま著、PARCO出版)を買うのだった。

writer profile

金七 恵 (きんしち めぐみ)
1992年生まれ 後楽園⇔神楽坂他 ドリフターズ・マガジン編集長