リレー式インタビュー 成果リレー vol1 岡本健さん
――岡本さんが昨年4月に独立に至ったまでの経歴をまず教えてください。
岡本:子供の頃から絵画や工作が好きで、高校生くらいまでは美術大学に行きたいと思っていました。ですが、プロダクトデザイナーであった父の反対もあり、人の心の中への単純な興味で心理学専攻のある文学部に入学しました。
在学時、コンビニでアルバイトしていて、麦茶のパッケージで4色展開している商品を品出ししたとき、赤色のパッケージだけすぐに売り切れていたのを見て、これは面白いなと思い、色彩心理学を専攻したんですね。その勉強をしていくうちに、色だけじゃなくて文字やデザイン全般に興味が広がっていきました。それが学部3~4年生くらいで、就職活動もスタートする頃だったんです。悩みましたが、とりあえずデザインをやってみようと思っていたところ、縁があったデザイン事務所に雇ってもらえました。始めはトンボのつけ方も知らなかったのですけど、上司や先輩に教えてもらいながら、パッケージやカタログなどの制作に関わり実務経験をつんでいきました。
空いた時間をみつけて、友人の名刺やイベントのDM、CDジャケットなども制作していました。その後、就職活動していた中で佐藤卓デザイン事務所に入社しました。
佐藤事務所の仕事のスタイルはストイックで本当にショックを受けました。「ここにいるとものすごい筋トレになるな」と思って色々なことを吸収しましたね。佐藤卓デザイン事務所には丸4年いて、昨年4月に独立しました。
――佐藤さんの事務所での経験で吸収した哲学や考え方で、今も自分の中にあるなと思うことは何かありますか?
岡本:デザインをする際の「自分を消す」という考え方です。デザイナーの自分が主役にならず、何が依頼主には最善かを常に客観的に考える。それは今の僕の考え方にもつながっていると思います。
――岡本さんはいろいろな分野のお仕事をされていますね。ご自身では「こういう分野の仕事が得意」というのもあまり考えないですか?
岡本:あまり考えないですね。なるべく、どんな依頼に対しても打てるバッターでありたいと思っています。自分で型を決めないでやりたいです。
宮村:案件の最初に「岡本さんに全てお任せします」と言われたときはどうされますか?
岡本:まずは沢山質問しますね。
例えばキハチワッフルショコラのパッケージリニューアルの際などは、今までのパッケージは売り場で並べたときに埋もれてしまうという話がありました。あと当時のパッケージは、2種類のお菓子が入っているというのがわかりにくいという事でした。
そこで、新しいパッケージはきちんと中身がわかるように制作しました。パッケージを見たら中に入っている商品が一目でわかるし、箱を並べても、積み上げてもパターンになっていて中身がわかる、というものを作りました。
実は、白いパッケージは売り場で目立たないので避けたい、という意見もあったので、色のついた案も提案していたんです。ですが、実際にダミーを売り場に並べたら白が案外目立つ事がわかって、このデザインになりました。おかげさまで、売上がとても上がったそうで・・・。すごく嬉しいです。
――岡本さん側からいろいろ案を投げて、探り当てた感じなんですね。
岡本:僕ひとりで問題点を見いだせたのではなくて、担当の方と一緒に解決策を見出せたのが、この場合は大きかったですね。
――ほかのお仕事についてもお話をお聞かせください。
岡本:こちらは、ネコをテーマにした展覧会「Cat’s ISSUE」のDMですね。文字の中にネコが潜んでいます。その展覧会を記録した新聞も制作しました。
岡本:これは国立民族学博物館の紙袋です。イラストレーターのBoojilさんに依頼があったのですが、一緒にやらないかと誘ってもらってデザイン面でお手伝いしました。
岡本:これは、そのBoojilさんの名刺ですね。もともと、こちらの名刺を最初に作って、みんぱくの仕事につながったんです。
オーダーとしては「自分のイラストが沢山載っている名刺が欲しい」という話だったんです。それで、沢山イラストが載るよう、四つ折りにした名刺などを提案しました。
そのオーダーとは別に、このBoojilさん自身のキャラクター「おかっぱちゃん」の顔をモチーフにしたアイデアを提案したら、「これだ~~~!!!」という反応をもらったんですね。
最初のオーダーのように、名刺に沢山イラストが載っていれば、自分のイラストのテイストなど説明しやすいかもしれませんが、彼女は明るくて一緒にいてとても楽しい人なので、説明としてのイラストよりも、彼女自身のキャラクターが名刺にも反映されるような、名刺をもらった人が思わず「ふふふ」と笑ってくれるようなものがいいんじゃない、と言ったら、彼女も気に入ってくださったんですね。結構反応がよいそうで、お堅い感じの人に渡しても、クスっとしてくれて場が和やかになると言ってましたね。
宮村:名刺って、自分の代わりに営業してくれる感じはありますね。
岡本:そうですね。木工家のぶちくんの名刺も、そういう考えで作りました。「ロゴに「ぶ」が隠れているんです」って話のきっかけになったらいいんじゃない?と思い制作したら、本当に名刺を渡す際に役立っているようで。
岡本:これは雑誌『ブレーン』でのブックカバーの企画です。
――これはこれまでのお仕事とは違って、岡本さんご自身の作品性が必要で、オーダーがほとんどない企画ですね。
岡本:そうなんです。これは、紙のストーリーがなかったらできなかったと思いますね。
この紙は「GAえんぶ」という名前で、テキスタイルデザイナーの須藤玲子さんが紙に針で穴をあけてエンボス模様を作ったそうなんです。僕が刺繍に凝っていた時期があったので「それなら、実際に縫ってみよう」と。先にデータ上で文字を作って、それを見ながらステッチの目をひとつひとつ数えて、実際に刺繍しました。
――すごく細かくて、気の遠くなるような作業ですね・・・。
岡本:これも、雑誌『デザインのひきだし20』付録の企画で、紙ナプキンに印刷してくださいという依頼でした。紙ナプキンはとても軽いものなので、重さの情報を入れたらどうかと思い、建築家の友人に手伝ってもらってひらがなを重さ順に並べ直しました。結果、「ぬ」が1番重くて、「へ」が一番軽かったんですね。
量ると、「かてい(家庭) 」と「しごと(仕事)」だと「かてい」が重かったとか、「しろ」と「くろ」だったら「しろ」が重いんだ、とか、意味と重さを対比した面白さがありました。
――アイデアを決めるまで、どういったことを考えていますか?
岡本:この時は「紙ナプキン-口を拭く」「紙ナプキン-テーブルを拭く」「紙ナプキン-軽い」「あ、<軽い>か・・・じゃあ重さについて掘り下げてみようかな」と、ずーっと言葉遊びをしている感じですね。アイデアを出すためにバーッと書き出すときもあるし、散歩している時や朝起きたときにハッと思いつくなどアイデアが浮かぶシチュエーションは色々ですけど、自分の中で言葉やビジュアルをちらして過ごしながら、思いつくのを待つという感じです。
宮村:岡本さんの中で「テッパンの場所」というか、アイデアが生まれ落ちやすい場所は?
岡本:今はまだ、自宅兼仕事場なので、ぎゅーっと詰めて考える時間が自宅だととりにくいんですね。なので、アイデアを考えるときは喫茶店で目の前に紙とペンだけおいて考えて、ラフを手書きで書いていく事が多いです。それを家に戻って試して、うまく行かなかったらまた喫茶店で考えて、の繰り返しですね。
――ほかにも沢山、お仕事をお持ちいただいてありがとうございます。こちらはなんでしょう?
岡本:結婚式の招待状もあったのでいくつか持ってきました。
宮村:これは個人の結婚式のツールとしてはとても贅沢ですね。ちゃんと持ち帰って保存しておきたくなりますね。
岡本:この箔押しのものが招待状、箔と紙の色を変えた2枚はサンキューカードとして、空押しのものは教会式用として。箔の型を使いまわして、コストも抑えているんですね。
宮村:この招待状にも箔押しが沢山使われていますが、岡本さんにとって箔押しの魅力はなんでしょう?
岡本:オフセットなどの印刷物って、どうしてもデザインそのものが紙の中に染み込んでいっている気がするんですが、箔押しは、紙に全く別の素材のものが乗るので、その組み合わせが面白いな、と。では箔をいろんな素材に組み合わせてはどうか、というのが今日の会場にもなっているTORiの、2周年を記念したTORiHAKUのときのアイデアでしたね。
宮村:僕は岡本さんの作品を見ていて、一方向からだけじゃなくて、いろんな仕掛けがほどこされていたり、積み重なったり、見え方の違いで面白さが変化するものを多く手掛けられているという印象を受けたんです。箔押しも見え方が角度によって変わるから、そのあたりが岡本さんは魅力を感じているのかな、と。
岡本:たしかに。押し方を変えるだけで見え方も変わりますしね。なかなか普段の仕事で頻繁に使えるものではないので、こういった特別な機会に箔押しを使う事は、自分にとってもチャレンジでもあり、楽しみでもあります。ただ、箔押し自体がとても魅力の強いものなので、箔押しという加工を優先しすぎて、デザインがおろそかにならないよう気をつけています。
あとは最近、いろいろな方との恊働も増えてきていて、この伊勢丹の広告はSmilesの遠山正道さんと、こちらは、ドン・ペリニヨンのパーティーの招待状で、takram design engineeringさんとご一緒しグラフィックを担当しました。
岡本:こういった方々とご一緒できるのは本当に刺激的で楽しいのですが、その分、自分の未熟さを痛感する事もありました。そんな時に妻から「アカレンジャーが周りに沢山にいるから、ミドレンジャーくらいの立ち位置で、みんなのお手伝いができればいいんじゃない」と言われて、すごく腑に落ちたんですね。それって自分を消すっていう佐藤さんの考え方にもつながっているのかな、と思っています。
宮村:僕も妻に「誰かの下について仕事をしたほうが能力を発揮できるよ」と言われるんですけど、腑に落ちつつ、でも「チクショー」とも思いつつ・・・。
岡本:そうですね、反骨精神は持ち続けたいですね(笑)。
宮村:岡本さんはアートディレクターやグラフィックデザイナーという肩書きにこだわりはありますか?
岡本:自分がそもそも何をやったらアートディレクターになるのか、というのがよくわからないのと、おこがましいかなと思うのでグラフィックデザイナーの方がいいですね。手に職のある方を肩書きにしたいです。
宮村:僕もグラフィックデザイナーという肩書きを好むのは、アートディレクターよりも現場に近い感じがするんですね。「建築家」とか「作曲家」みたいに「○○家」がつきそうな肩書き。デザイナーは職人のように、より対象に寄り添う「○○屋」というイメージがあるんですね。
岡本:スキルを肩書きにしたいという僕の考えに近いですね。
――今日は、いろいろなお話をお聞かせいただいて、ありがとうございます。最後の質問です。岡本さんは、これから、やってみたいお仕事はありますか?
岡本:独立してもう少しで1年という今の段階で分かったのは、僕はデザインすること自体が好きなんじゃなくて、誰かが喜んでくれたり、誰かの役に立つことが好きなんだなという事。デザインという分野に捕らわれず、誰かが喜んでくれたり、誰かの役に立つことが続けていければなと思います。
グラフィックデザイナー
1983年、群馬県生まれ。
千葉大学文学部行動科学科にて心理学を専攻、
研究の一環で調べたグラフィックデザインに興味を持ち、方向転換。
卒業後、数社のデザイン事務所にて実務経験を積み、
株式会社ヴォル、株式会社佐藤卓デザイン事務所を経て2013年4月より独立。
writer profile
1992年生まれ 後楽園⇔神楽坂他 ドリフターズ・マガジン編集長