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「漂流する映画館“Cinema de Nomad”」特集

2011年の秋、映画監督・瀬田なつきと、音楽家・蓮沼執太のコラボレーションにより映画「5windows」は生まれました。「漂流する映画館“Cinema de Nomad”」とは、「5windows」を上演するための、街を映画館に変えてしまう試みです。新たな映画体験を提供し、話題を呼んだこのプロジェクトが、再び黄金町で開催されます。目前に迫った再演に先駆けて、空間設計チームの話からその魅力を探ります。
 

 

 

 

映画「5windows」の舞台である黄金町に点在する5つの上映会場を巡り歩きながら、物語のかけらを拾い集めて、現実と映画の世界の狭間を行き来する、かつてない新しい映画体験をもたらした「漂流する映画館“Cinema de Nomad”」(以下、漂流する映画館)。

2011年の初演の際は、人が人を呼び、会期最終日には各会場の場所を示した黄色いイベントマップを持った観客が黄金町に溢れました。

その後、「5windows」はその完成度の高さが評判となり全国各地の会場で上映されることとなりました。

 

伊勢佐木町のイベントスペース・CROSS STREETでは、それぞれの観客が映画と向き合えるような上映装置を室内に設置。(撮影/後藤武浩)

 

京急線高架下の空間を利用した上映(撮影/後藤武浩)

 

鑑賞者はマップを手掛かりに、街に点在する上映会場をまわる(撮影/後藤武浩)

 

そして、今年10月23日~27日の5日間限定で、黄金町・漂流する映画館での待望の再演が決定しました。

 今回、空間設計を手掛けるのは、2011年の初演の際も空間設計を手掛け、現在もこの地域で設計活動を行う伊藤孝仁さんを中心とした、横浜国立大学4年の五十嵐新一さん、江島史華さん、河部圭佑さんの4人によるチーム。

どのような考えの基に、新しい漂流する映画館の会場を設計しているのでしょうか。

 

「最初のリサーチで行ったのは、映画館を分解して、街中にその要素を探すということです」と伊藤さん。

これは自身が初演の際に体感したことに基づくそうです。

「初演の際は、街中に新しいスクリーンの可能性を探すという主旨で設計を進めていて『映画館という経験』にはあまり着目していませんでした。けれど街中の色々な会場を巡った後、映画館ジャック&ベティのスクリーンで上映を観た時に、『映画館で映画を観る』という経験の中に埋もれていた細かい要素がいきいきと感じられたんです。上映直前にゆっくりと上がる緞帳や、徐々に暗くなる照明、親密な距離感など、さまざまな要素があって映画のための空間が成り立っているんだと。それもあり、今回は映画館での経験を分析・解体して、街の中にその要素を探すというアプローチから始めました」(伊藤)

 

映画館ジャック&ベティでの上映風景(撮影/後藤武浩)

 

江島さんは、初演の際は観客として漂流する映画館を体験したと言います。

「その時は、街を歩いて移動しながら映画を見るというコンセプト自体が素晴らしいと思ったし、一つひとつの会場もとても面白かったです。でも、今回空間設計で関わることになって、私は前回の時に第三者として体験したからこそ、批評性を持つことが大事だと思いました。そうなった時に考えたのは、街を歩いて映画を体験する時に、大掛かりなスクリーン装置を用意するのではなく、街の仕組みに自然と入り込むようにできたら、より親密な映画体験になるのではということです」(江島)

 

当初は、街中のスクリーンとして使いやすそうな大きな壁面などにばかり目がいきがちだった敷地リサーチも、だんだんと街の仕組みや状況に目がいくようになったそうです。その具体的なヒントになったのは初演の際の会場の一つであったコインパーキング・momoだと言います。この会場では、物理的に大きな仕掛けを施すのではなく、街にあるコインパーキングと隣接する建物の窓の関係性を少し変えるだけで、街の自然の流れの中に映画のための空間が出現しました。

 

コインパーキングに隣接する建物の窓にスクリーンを設けて上映会場とした(撮影/後藤武浩)

 

 「今回は、なるべく自分たちが作る物理的なものを弱くすること。街が持っている仕組みだったりルールだったり、普段気がつかない街の力を借りて、いかに観客がスムーズに街や映画に潜り込んでいくかということを意識してます」(伊藤)

電話ボックス、放置自転車、領域を分けるコーンやチェーン。彼らの口に出てくる具体的な要素は一見、映画には結びつかないものばかりです。

 

初演以降、さまざまな野外映画祭で上演されてきた「5windows」を黄金町で再び上演する、その意味はどこにあるのでしょうか。

「一昨年の初演の際は、空間設計と映画制作を同時進行させることがコンセプトだったので、『5windows』を観ることができたのはイベント前日でした。今回は映画の内容を知った上で会場を設計しています。例えば、映画の中に屋上のシーンがあるのですが、屋上から水が落ちたり、電車の中から屋上を見たりと街の中を視線が立体的に錯綜しています。それを受けて、体験する観客にも単に地上を歩いて完結するのではなく、街の中で立体的な移動をできるようにという視点で会場を作っています」(伊藤)

映画の内容を踏まえた上で、街の構造を最大限利用してどの場所でどのように作品を魅せるべきなのかを慎重に設計している様子からは、映画の舞台である黄金町でしかできない体験を期待できそうです。

 

映画に登場する風景を歩きながら物語を拾い集める(撮影/後藤武浩)

 

 「『建築を作らず、建築を作る』新しい試みにも注目して欲しい」と河部さん。「これは一見矛盾に思えるかもしれないですが、街にあるものの組み合わせを変えることだけで、日常としてそこにあるものから非日常空間、つまり劇場を作れるのではと考えています」(河部)

建築を作らないということは、何もしないということではありません。

五十嵐さんは「建築の存在を消して抽象性を上げるためには、荒さが見えないようになどディテールの精度を上げる必要があって、そこにすごく時間を掛けています。作らないために作り込む、そういう建築の在り方を示したいです」と意気込みを語ります。

 

いよいよ目前に迫った漂流する映画館。

映画と現実の世界が立体的に錯綜する新しい映画体験を求めて、ぜひ黄金町を訪れてみてはいかがでしょうか。

前回体験した人も、今回初めて体験する人も、それぞれきっと新しい発見が待っていることでしょう。

 

 ※イベントの詳細は、こちら

 

writer profile

玉木裕希 (たまき ゆき)
編集者修行中。1986年生まれ。横浜国立大学大学院修了。建築系出版社に勤務しつつ、興味の向くままそこかしこに出没。