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ロシア芸術・文化雑誌『ЧЕМОДАН』(チェマダン)創刊

2013年2月末、ロシアの文化・芸術の研究者3人によって、新雑誌『チェマダン』が創刊された。ロシア語で「トランク」や「旅行鞄」という意味を持つこの雑誌をつくろうと思った理由や、内容について編集部の伊藤愉さんに伺う。
 

 

 

 

 

 

 

 

―この度は、お時間をいただきありがとうございます。さっそくですが、『チェマダン』を創刊しようと思った理由を教えてください。

 

きっかけはいろいろあります。

まず、内側に閉じられている研究者の世界の風通しを良くしたいなぁと思ったんです。

研究者の仕事は論文を書く事です。論文書くとは、資料がどこにあるのか探して、文献に当たったり、人に聞き取り調査をしたりして、自分なりに集めた資料を紐解いて、文章にまとめることです。学会とかもありますが、自分と同じ研究対象を研究している人は2~3人いるかいないかくらいで、会う人が限られています。研究者以外の人との交流がそこまでないんです。

いろんな研究をしている人がいるけど、それがその人たちだけの閉じた世界の中で行われていたら、社会の人たちと関わりのないままで終わってしまう。そういう状況を、ちょっと風通しを良くしたいと思っていました。

ただ、コミュニケーションを積極的にとっていくほどのことはできないので、僕たちが「場所」を用意して、皆がコミュニケーションを取りたい時に取れるようにしたいな、と思ったんです。

 

 

―一般の人と研究者が出会う場所はそんなに無いものでしょうか?

 

もちろん、あることにはあります。

例えば、一般の人向けに研究内容について雑誌に原稿を書いたりする研究者もいますね。

ただ、そういう場合、この文献を翻訳してみませんか、この本について書評を書いてみませんか、と依頼されて書くというのが多いです。あんまりダイレクトに接点を持つ、という感じではないです。

もちろんそうやって書き手と読み手との間に出版社や編集者が入ってできあがるものは、それはそれで良いものができあがります。出版や編集の 「プロ」が 間に入ってくれるわけですから。そうしてできあがる「本」や「雑誌」は、ある役割を担うわけですよね。一方、『チェマダン』では何よりも、もうちょっと気楽に書き手と読み手が直接繋がれるような、まったく別の回路を開きたかったという想いがあります。

 

 

 

伊藤さんのロシアの留学先の様子

 

―『チェマダン』創刊まではどういった流れだったのですか?

 

雑誌を作りたいという話は昨年の10~11月くらいに出て、それから一気に進めました。

編集会議をしているのが、僕を含めて3人です。全員、ロシアについての研究者です。

それぞれ研究活動があるので、あまり話し合う時間はありませんでした。最初の頃は2週間に1回とかのペースで編集会議をしていましたが、原稿の〆切を決めたら、〆切までは会議はやらない、という感じでした。デザインについて考える段階になったら1週間に1度程度スカイプをしていました。

 

 

―内容についてお聞かせください。どのようにコンテンツは決めていったのでしょう?

 

基本的には、執筆者それぞれが書きたいものを書く、という感じですね。

ただ、ロシアに興味がある人だけではなくて、文化一般に興味のある人が読んでも楽しんでもらいたいという気持ちがあります。あとは、専門家の人が対象というのではなく、一般の人に読んでもらえるよう、文章はあまり固くならないようにしました。

 

例えば今回掲載した内容で言いますと、まず、ロシア国内の演劇の運営の記事。この内容は、演劇に携わっている人だったら、どの国の人も共通に持っている問題です。万国共通の問題について、ロシアの場合どうなのかという紹介です。

文学理論も広く一般的な芸術に関わる問題ですし、美術に関して記事も、コンセプチュアル・アートは一時期、世界中で流行ったものだけど、ロシアで似たような動きが行われていた、というのはなかなか知られていないです。70年代のロシアは社会主義で、情報がすごく制限されていたけど、そういう中でもああいうのもありましたよ、という紹介をしています。

そういうふうにロシアにそこまで興味がなくても、文化に興味があるとかそういう人たちがアクセスできるように書いてみようとしました。

 

 

 

 

―『チェマダン』は、デザインも特徴的ですね。どうしてこのような形になったのですか?

 

確かに、ちょっとへんなデザインで読みにくいんですけど、せっかくネットでやるならプリントアウトできないとか、刷るならキンコーズに頼まなくちゃいけなくて、すごくお金がかかるとか、ネットでしかできないデザインがいいなと思ったんです。

基本的にはパソコンで見ることを想定しています。その上で、作りたかったのは「場」なので、継続していけるデザインがいいなと思って、こういうふうにしたんです。どんどん膨張して増えていくイメージで作りました。

これから、どんどんつながって、No.00だと今の大きさで、No.01はNo.00とNo.01の記事が合体して・・・と大きくなって、読みにくくなっていくんです。

実は読みやすさっていうのはそこまで大事なのかな?という感覚もあって、そういう疑問も反映されています。

確かに読みやすい方が、皆アクセスしやすくて、そっちに人が集まるというのはあると思うんです。けど、読みやすくてアクセスしやすいがゆえに、文章が消費されていく、という感じに今なっているんじゃないかな、と思っています。それは、あんまり面白くない。すごくひっかかりがあるのは悪いことではないな、と思っていて、こういう形にしました。

 

 

No.00の全体の形。1つの四角に1つの記事が掲載されている。

 

 

―スタートしたばかりですが、どのように読者を広げていこうとお考えですか? 

 

『チェマダン』はネットに載っているので、アクセスしようとしたらいつでもできます。本当は宣伝したほうがいいんだけど・・・。ただ、僕たちは「状況」や「場」を作りたかったので、ウェブ上に残って、膨張し続ける『チェマダン』を、見たい時に見たい人が見てくれたらいいな、と思っていたんです。

 

 

―PDFでの公開、という形にしたのは、どうしてでしょう?

 

編集部の全員、文献を扱うから紙が基本的には好きです。でも、僕がロシアに留学中で、印刷した実物を見たり確認したりするのが難しい。それでネットで公開しようということになりました。先程述べたような、読者との接点という意味でも、オンラインというのは最適かな、とも思ったんです。それで、読者に直接アピールできるようFBも開きました。ただ、その時に、やり方によっては、紙という形も残せるかもしれないと思ったんです。

PDFってデータを紙に刷る一歩手前、もしくは、刷った後に紙をデータ化したものかもしれないですよね。僕らの今の世代では、PDFが一番紙に近いファイル形式だと思いました。

 

あとは、「手続き」という視点も取り入れたかったんです。例えば、フリーペーパーだったら、お店に行って手に取るというように、手続きがありますよね。そういうのがネット上にあってもいいかもしれない、そういう手続きが読みにくさとかで表現できるかもしれない、と思いました。

パソコンは、ブログとかある程度読みやすいフォーマットが決まっています。

だけど、『チェマダン』の形式だと、読みたいところを、読みやすくするために、手を動かさないといけないので手触りの感覚が残るんです。こういうのが、紙の感覚に近くて、なおかつネット特有のものかなと思っています。

 

 

No.00にNo.01の記事が追加され、どんどん膨張していく。(上記の形は仮のもの)

 

 

―今後について、お聞かせください。

 

基本的には、今後も、研究者やそれに近い人が執筆に関わることになると思います。

それと、ロシア語でしかアクセスできない情報を残していきたいです。

他には、ロシアにいる日本人じゃない子に書いてもらおうと思っています。日本ではロシアに関する情報がほとんどなくて、イメージ先行ですよね。だけど、僕たちは、ロシアにも、僕らと同じように普通に生活して、普通にいろいろ考えている子がいる、ということを知っています。それを紹介していきたいです。

 

 

 

※『チェマダン』公式webサイト→http://chemodan.jp/ (No.00はこちらからお読みいただけます)

        公式Facebook→http://on.fb.me/11gPSpF

        公式Twitterアカウント→http://bit.ly/YUd1dC

 

 

ЧЕМОДАН(チェマダン)

編集部は八木、河村、伊藤の三人。ロシアの文化をもっと身近に感じられるよう紹介していくプロジェクト。普段はそれぞれ授業を受け持ったり、資料を渉猟したり、論文を書いたり、ときどき翻訳をしたりしている。

 

八木君人(やぎなおと)

 大学で教壇に立ちながら、ときには教えるものの、大半は受講生に教わっている。

 専門はロシア・フォルマリズム、ロシア・アヴァンギャルド。

 

河村彩(かわむらあや)

 大学で近現代美術およびロシア語を教える。

 専門はロシア・ソヴィエトの美術、表象文化論。

 

伊藤愉(いとうまさる)

 大学院生。現在モスクワ在住。なにも教えていない。

 専門はロシア演劇、アヴァンギャルド演劇。

writer profile

金七 恵 (きんしち めぐみ)
1992年生まれ 後楽園⇔神楽坂他 ドリフターズ・マガジン編集長